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 「浪江の暮らしは、めちゃくちゃ楽しいんです!」

 東は太平洋、西には阿武隈山系が連なり、海・山・川に恵まれた自然豊かな福島県浪江町。この地で「株式会社ランドビルドファーム」を営む吉田さやかさんは、満面の笑みでそう語ります。

 学校から帰ると外へ飛び出し、家の前を流れる用水路で魚を追いかけた。鮎やヤマメが泳ぐ澄んだ水のきらめき。田植えや稲刈りの季節には、人が集まり、炊きたてご飯とおまかないの匂いが家じゅうを包む。夏の相馬野馬追は、自宅から馬とともに出立する家族の姿を誇らしい気持ちで見送った。

 「この町でずっと暮らしていきたいと思っていました」

 その当たり前の日々が奪われたのは、2011年3月11日。避難先での暮らしの中では、「もう帰れないかもしれない」と諦めの声を何度も聞きました。それでも吉田さんは、いつか必ず故郷に戻れると信じ、「絶対に帰る」と言い続けていました。

 今、吉田さんは浪江町で「サムライガーリック」を育てながら、ニンニクを通して町の文化を伝えています。

家を守るため、浪江の文化を伝えるためにできること

 浪江町は、東日本大震災と原発事故によって約6年もの期間、人が住めない状態が続きました。2017年3月に町の一部で避難指示が解除されたものの、吉田さんの実家がある室原地区は帰還困難区域に指定されたまま。人の営みが途切れた町は、時が止まったようでした。

 それでも、吉田さんは家族とともに浪江町へ戻る決断をします。町内の避難解除区域に家を借り、そこから新しい暮らしを始めました。吉田さんには、どうしてもやりたいことがありました。それは、生まれ育った家を守ること。

 吉田家は代々続く農家で、母屋は築150年を超える歴史ある古民家。かつては親戚や近所の人が行き交い、笑い声が絶えないにぎやかな家でした。「家をもし取り壊すようなことになったら、みんなが帰ってくる場所がなくなってしまう」家を失うことは、かつての浪江の暮らしを失うことと同じです。家族とともに、家を守ることを決めた吉田さんは、自分に何ができるかを模索しました。

 そこで思いついたのが、古民家を活かした事業です。民泊を開き、馬との暮らしや野馬追文化を体験できる場所をつくることで浪江に人の流れを作ることでした。けれど、避難指示が解除されたばかりの町は、人が訪れる仕組みも、受け入れる環境も整っていません。そこで、吉田さんはもう一度原点に立ち返ります。

 思い出したのは、相馬野馬追の季節に食卓を彩ったカツオと、そばに添えられたすり下ろしニンニクの香り。

「ニンニクなら、この町の文化を伝えられるかもしれない」

 そう気づいた吉田さんは、2021年青森県で栽培法を学び、農業未経験のまま、たったひとりでニンニク栽培に踏み出しました。

馬とともに生きる町から生まれた「サムライガーリック」

 吉田さんは、栽培を始める前から「サムライガーリック」というネーミングを決めていました。その由来は、千年以上受け継がれてきた伝統の祭り「相馬野馬追(そうまのまおい)」にあります。地域の繁栄と安寧を祈る神事として続いてきたこの祭りは、今も浪江の暮らしに深く根づいています。

 吉田家では代々馬を飼育し、父や弟たちは鎧兜に身を包んで毎年出陣していました。陣螺(じんがい)の音が鳴り響くなか、家から勇ましく駆け出すその姿はまさにサムライそのもの。吉田さんは「サムライが息づくこの町の文化を、ニンニクを通して伝えたい」と考えたのです。

 「サムライガーリックは、馬の堆肥を使って育てた土から生まれます。大粒で香りがよく、食べ心地はすごく軽いんですよ。爽やかな香りと深いコクが特徴で、丸ごと食べても翌日ぜんぜん胃もたれしないと、リピートしてくれるお客さんもいます」

 

 吉田さんが目指したのは、お土産になるニンニクです。サムライガーリックが浪江の文化を伝える地域の顔になるために、タグやデザインにも徹底的にこだわりました。 とはいえ、1玉400円で販売を始めた当初は、「高い」という声もありました。それでも吉田さんは、「浪江で育ったにんにくをただの食材ではなく、ストーリーのある特産品として届けたい」と考え、一人ひとりに伝え続けました。

 今では、その味と背景に共感する人が増え、県内はもちろん、東京の飲食店でも採用されるように。サムライガーリックは、料理の脇役ではなく、メインの食材として選ばれる存在へと育ちつつあります。

サムライガーリックがつなぐ、浪江の未来

 栽培を始めて5年。現在は、約40アール(4,000㎡)の畑でおよそ3万8,000株のニンニクを育てています。昨年は大凶作で落ち込んだかと思えば、今年は一転して大豊作。収穫や出荷の作業に追われる毎日です。

 「ニンニクって本当に手がかかるし、大変だなって5年続けてみて思いますね。でも、農業ってやっぱり面白いんです。浪江は晴れの日が多くて、お天気の下で汗をかくのも気持ちがいいし、こんな環境で仕事ができるなんて最高だなっていつも思います」

 

 そして、吉田さんが思い描いていた「実家を起点に、浪江の文化と暮らしを伝える」という想いも、少しずつかたちになりはじめています。2023年の避難区域解除をきっかけに実家の改修が進み、今では農業の拠点であると同時に、加工場としての役割も担っています。

 さらに、「カツオとニンニクを一緒に食べる食文化を伝えたい」と、飲食業の許可も取得。実家では予約制での食体験の提供が始まりました。料理を担うのは、吉田さんの母。土地の食材を知り尽くした料理は、季節ごとの味わいで訪れる人に喜ばれています。

 「私がやりたいことはすごくシンプルで、この家を守ること、先祖が残してくれた農地を守ること、そして相馬野馬追の伝統文化をつないでいくこと。その“点と点”を結んでくれているのが、サムライガーリックです。にんにくを通して請戸漁港も応援したいし、やりたいことはまだまだたくさんあります。そのために、馬の堆肥の研究も進めていますし、おいしい食べ方ももっと提案していきたいと思っています」

 サムライガーリックを通して、浪江町の豊かさを届けたいという吉田さんの願いは、いま確かな広がりとなって、浪江の明日へと続いています。

店舗名:株式会社ランドビルドファーム
住所:福島県双葉郡浪江町大字室原字北町尻3番地
TEL:0240-35-5227

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<お知らせ>

株式会社ランドビルドファームさんの商品は、ふくしま12市町村ファンサイトオンラインショップでお取り扱いしています。ぜひ、ご覧ください。

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取材・執筆:奥村サヤ 協力:株式会社ランドビルドファーム

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