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 「山木屋の納豆がなくなるのは寂しいよね」

 こう話す影山一也さんは、地元で親しまれてきた味を守るために山木屋納豆を継承しました。

 震災と原発事故による避難を経験した伊達郡川俣町・山木屋地区では、住民の帰還が進まず、今も人口は震災前の3分の1ほどにとどまっています。商売を続けるには厳しい環境が残りますが、影山さんは「それでも残したい」という思いで工場に立ち続けます。

 工場を訪ねてみると、手入れの行き届いた作業場で影山さんが黙々と納豆のパック詰めに取り組んでいました。国産大豆を使い、独自の製法で匂いを抑えたふっくらとした納豆は、「納豆が苦手でも食べられる」と評判です。

 影山さんはどんな経緯で納豆づくりを継承することになったのでしょう。その歩みを伺いました。

|自動車部品工場から生まれた納豆

 山木屋納豆のはじまりは、自動車部品メーカー「カミノ製作所」にさかのぼります。

 同社では、細かな部品を扱う仕事が中心でしたが、部品製造は視力を酷使する作業が多く、高齢になると続けるのが難しいという課題を抱えていました。そんな中、「年を重ねても働き続けられる仕事をつくろう」という発想から、新たに取り組んだのが納豆づくりでした。

 「毎日食べられる身近な食品なら、地元の人々にも喜ばれるはず」。こうして、山木屋納豆がスタートしたのです。

 郡山出身の影山さんは、二十歳で結婚。妻の実家がある川俣町へ移り住み、「カミノ製作所」に就職しました。

 「当時は若いからお金もなくて、とにかく家族を養うことが最優先。生活のことを考えて、妻の実家に近いカミノ製作所への就職を決めました」

 普段は自動車部品の製造に従事していましたが、繁忙期には納豆づくりを手伝うこともありました。仕事を終えたら家に帰り、家族みんなで食卓を囲む。義理の両親や祖父母も一緒に暮らし、大家族ならではのにぎやかな毎日でした。そんな日常を一変させたのが、東日本大震災と原発事故です。

|山木屋の味をつなぐため、創業を決意

 山木屋地区は避難指示区域に指定され、カミノ製作所もやむなく休業となりました。影山さん一家は川俣町の中心部に移り、その後も福島市、郡山市と住まいを転々とせざるを得ませんでした。新しい仕事に就いても肌に合わず、生活の基盤を築くのは簡単ではありません。

 「それでも家族みんな一緒にいたからにぎやかでしたよ。でも、あの時期はなかなか気持ちも安定しなかったですね」

 2017年、山木屋地区の避難指示が解除され、カミノ製作所の納豆製造も再開されました。


  「震災でカミノ製作所が休業したあとも社長とは連絡を取り続けていました。再開の際に相談したところ、『納豆づくりを始めるから一緒にやらないか』と声をかけてもらい、それがきっかけで携わるようになったんです」

 納豆づくりの再開は、地域にとって復興の第一歩でした。久しく止まっていた時間が再び動き出したように、売上も順調に伸びていったそうです。

 しかし2021年、代表の高齢化を理由にカミノ製作所は納豆事業を畳むことを決断します。その後はいわき市内の焼肉店が事業を引き継ぎましたが、2023年には撤退を決定。山木屋納豆は再び存続の危機に立たされました。

 「納豆がなくなってしまうのは寂しいね」「この味は残してほしい」

 そんな地域の人の声が、影山さんの背中を押しました。こうして2023年4月、納豆屋「山乃屋」を創業しました。

|震災前の山木屋に戻ってほしい

 「周りからは止められましたね。納豆って100人いたら100人が『やめておけ』と言うくらい厳しい事業なんです。スーパーで3パック100円で売られる薄利多売の商品ですから、大手にはかないません。個人でやっても儲からないんです」

 それでも引き継いだ理由を尋ねると、影山さんは少し考えてから口を開きました。


 「やっぱり、なくなってほしくなかったんですよね。儲からないかもしれないけど、山木屋に恩返しができるならいいかなって。震災前の姿に戻ってほしいんです。ありがたいことに工場の設備も残っていたので、ゼロからではないし、まずはやってみようと決めました」

 影山さんは今、納豆づくりのすべてをほぼ一人で担っています。朝早くから工場に入り、大豆を洗い、蒸し、納豆菌を加え、発酵させ、パック詰めまでを黙々とこなします。

 「季節や気温によって豆の状態はそのときどきで変わりますし、蒸すときの熱のあたり方次第で、まれに発酵がうまくいかないこともあります。その難しさや奥深さがあるからこそ飽きないんですよね」

 それでも、軌道に乗せるまでは簡単ではありませんでした。事業を継承したものの、過去に製造が休止した経緯や、引き継ぎの中で会社が変わっていることもあり、取引先との関係を一から築き直す必要があったのです。

 影山さんは地道に取引先を回り、少しずつ納豆を置いてもらえるようになりました。いまでは川俣町を中心に、福島市のスーパーや直売所などに販路が広がっています。さらに新たな商品づくりにも挑戦しています。 郡山女子大学の学生と一緒に開発したエゴマを使った納豆は、香ばしい風味がアクセントとなり評判を呼びました。

 「いずれは県内のスーパー全部に山木屋の納豆が置いてあるのが夢ですね。福島にはいろんな種類の納豆がありますから、その日の気分で選べるようになったら楽しいと思うんです。納豆文化がもっと広がっていくように頑張りたいです」

 影山さんが手がける一粒には、土地の記憶と想いが込められています。ふっくらとした食感と大豆の旨みが広がる山木屋納豆は、地域の誇りとしてこれからも未来へとつながっていきます。

 

店舗名:山乃屋

住所:福島県伊達郡川俣町山木屋字問屋32

TEL:024-563-5302

ホームページ:https://www.yamanoya.info/

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<お知らせ>

山乃屋さんの「山木屋納豆」は、ふくしま12市町村ファンサイトオンラインショップでお取り扱いしています。ぜひ、ご覧ください。

▽ふくしま12市町村ファンサイト オンラインショップは⇒こちら

取材・執筆:奥村サヤ 協力:山乃屋

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