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JR小高駅からまっすぐに伸びる駅前通り。その一角にある「小高工房」では、地元で育てた唐辛子を使ったさまざまな商品が販売されています。手がけるのは、避難指示解除後に小高にいち早く戻り、交流スペース「おだかぷらっとほーむ」を立ち上げた廣畑裕子さん。
農業の経験もなかった廣畑さんは、なぜ唐辛子を使った商品を販売することになったのでしょうーー。
「正解のない世界から、ひとつずつ答えを探していったらこの形になったの」と穏やかに話す廣畑さんに、これまでの歩みや商品に込めた想いを伺いました。
南相馬市小高区。廣畑さんは、海がすぐそばにある豊かな環境で生まれ育ちました。
「近所の人たちは、夕暮れどきになると『晩のおかずを釣ってくる!』って海に出かけるの。玄関先には、魚が置いてあるのが日常の風景でさ。浜育ちの女性は、野菜を洗うように魚を捌けるようになるんだよ」
そんなささやかな日常は、東日本大震災で一変しました。
小高区は原発事故の影響により「警戒区域」に指定され、住民は避難を余儀なくされます。震災から1年後には、日中のみ立ち入りが可能な「避難指示解除準備区域」となったものの、人が住むことが許されたのは2016年のこと。およそ5年間、小高は誰も暮らすことができない町となっていました。
「家族と一緒に避難をして仮設住宅で暮らすことはできたけど、何が正解かもわからないまま進む感覚があったね。どんなに人と話をしても、なんとも言えない孤独感が常にあるの。人って、経験したことの中からしか想像できないでしょう?原発事故なんて、だれも経験したことがないから、闇の中を進んでいるような感じがしたね」
震災前、廣畑さんは大熊町にある会社で、受注管理やデータベース構築の業務に携わっていました。しかし震災をきっかけに会社は郡山市へ移転。避難先の相馬市から、片道2時間かけて郡山まで通勤する日々がはじまりました。
通勤ルートには、当時避難指示区域だった飯舘村も含まれており、真っ暗な山道を走らなければなりません。冬には路面が凍結することもあり、気を張って運転をする日々。仕事から帰れば、夕食をとって風呂に入るだけで一日が終わってしまう。家族とゆっくり話す時間もない。それでも仕事をしていれば、余計なことを考えずに済む。だからといって前に進んでいる実感はない……。
廣畑さんは、当時を「すり減らすような毎日だった」と振り返ります。そんな日々を「リセットしよう」と決意できたのは、ある出来事がきっかけでした。
2013年の正月。廣畑さんは、かつて子どもたちとよく餌やりに通った、小高区の白鳥の飛来地・通称「白鳥公園」を久しぶりに訪れました。
震災後は米づくりも途絶え、エサをあげる人もいない。「もう白鳥なんて来ていないんだろう」と思って訪れたそうです。けれど、人の営みが消えたはずの場所に、変わらず白鳥たちの姿がありました。
小高工房から車で3分の畑に案内してくれた廣畑さん
「最初は、なんで!?って思ったけど、よく考えたら、白鳥が来るのは、私たちがエサをあげているからじゃないんだよね。白鳥の目線で見れば、羽を休められて、子育てできる安全な場所がある。ただそれだけのこと。私は、自分中心に物事を見ていただけだった。頭をガツンと殴られたような気がしたね」
この気づきが転機となり、廣畑さんは自分自身ときちんと向き合う時間を持とうと決意。会社を辞め、震災で崩れてしまった日常を取り戻すために、生き方を見直すことにしたのです。
「自分の本心を知ることからはじめました。もう、自分Aと自分Bとの戦いだよね。それで出た答えは、大切なことを、大切にして生きようというシンプルなことだったの」
廣畑さんにとって何より大切なのは、身近な人たちの笑顔。すぐそばにいる人たちが、かつてのように笑って過ごせる日々を取り戻したい。そんな思いから2015年、誰でもふらっと立ち寄れる地域の交流スペース「おだかぷらっとほーむ」を立ち上げました。
畑ではつやつやとトウガラシが輝いていた
2017年には「小高工房」をスタートさせます。はじまりは、知り合いの農家さんのひと言でした。「育てた作物が、動物にやられちゃって……」となげく言葉を聞いて、「だったら、動物に食べられにくい作物を育ててみたら?」と提案したのが唐辛子でした。
「でもさ、唐辛子なんて、家庭で使うのは一年に一本くらいでしょう?だから最初は、商品化なんて全然考えてなかったの。ホームセンターで買ってきた15本の苗を、とりあえずプランターと畑に植えてみただけでさ」
知り合いの農家さんと3人で始めた小さな挑戦は、15本の苗からなんと約200本もの唐辛子を収穫。 試しに放射線量を測ってみると、数値は検出されませんでした。そこで廣畑さんたちは「こんなにあるんだから、売ってみる?」と、悪だくみを思いつきます。
店内には小高工房で育てたトウガラシを使った商品が並ぶ
収穫した唐辛子を乾燥させて一味唐辛子を作り、その年の復興祭で販売しました。すると予想を超えた大反響で、1日で完売してしまったのです。
「お客さんがひとりで5本も10本も買ってくれるんですよ。聞くと、『小高で育てて、作ったものを買えるのが嬉しい、友だちにも配るんだ!』って嬉しそうに話してくれて」
小高は5年間、人が住むことも農作物を育てることもできなかった土地です。そんな小高で、ようやく何かを生み出すことができた。一味唐辛子は、廣畑さんにとっても、地元の方たちにとっても、希望のようなものだったのかもしれません。
翌年からは一緒に唐辛子を栽培してくれる人を募集し、協力者はどんどん増えていきました。設立から8年。小高工房は、トウガラシを育てる人、商品を作る人、経理をする人、配達をする人、それぞれが得意を持ち寄って、成り立っているのだそうです。
小高の駅前通り沿いにある小高工房
「これまで小高の人たちが共通して話すことといえば、震災や避難のことばかり。でも、工房でともに商品作りをするうちに『失敗しちゃったねー』とか『これ、辛すぎたかも』なんて笑い合える。小さなことだけど、それがやりがいなんだよね。起きたことは変えられないけれど、明日を変えることはできるでしょう。一歩ずつ進んできたことが、今の形になっただけなんだよ」
そうやって笑う廣畑さんは、スタッフやお客さんに気さくに声をかけたり、お茶を出したりと、忙しそうにしながらも、とても生き生きとしていました。取材を終えて自宅に戻り、購入した一味を冷奴にかけていただくと、ピリッとした辛さと温かさがじんわりと口の中に広がりました。
店舗名:小高工房
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取材・執筆:奥村サヤ 協力:小高工房