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春になると約2kmにわたってソメイヨシノが咲き誇る「桜のトンネル」。富岡町・夜の森地区は、全国から多くの人が訪れる桜の名所です。しかし、震災による原発事故の影響で12年ものあいだ立ち入りが制限されていました。
人の営みが消えたあとも桜は毎年美しく咲き続け、避難指示が解除されたのは2023年4月1日のこと。そんな桜の町に、いち早く明かりを灯したのは、生米粉100%のバウムクーヘン専門店「バウムハウスヨノモリ」です。店先からほんのり甘い香りが漂い、訪れた人はなんとも幸せな気分になります。このお店を立ち上げたのは、地元出身の建築士・遠藤一善さん。遠藤さんは町への想いを、バウムクーヘンに一層ずつ込めて届けています。
「オープンから2年が経ちました。久しぶりに帰省に訪れた方や、震災後初めて夜の森に足を運んだという方など、さまざまなお客様がお土産として手に取ってくれるのが本当に嬉しいです」
店主・遠藤さんは、笑顔を浮かべながらこう話します。
「BAUM HOUSE YONOMORI」は、富岡町産のお米「天のつぶ」を店内で製粉し、100%生米粉を使ってバウムクーヘンを焼き上げています。卵は、阿武隈山系のほぼ中央に位置し、富岡町に隣接する田村市産の「都路のたまご」を使用。地元の素材にこだわり、一つひとつ丁寧に焼き上げたバウムクーヘンは、生米粉ならではのもっちり、しっとりとした食感と素材の風味を生かしたやさしい甘さが魅力です。
新たな富岡町のお土産として誕生した「YONOMORI BAUM」
店内のショーケースには、キラキラと輝くばかりのバウムクーヘンが大小さまざま並んでいました。プレーンタイプをはじめ、香ばしく食べ応えのある玄米ハード、ほんのり桜が香るさくら風味、楢葉町産のさつまいもを使ったさつまいも味、大熊町産の苺を使ったいちご風味など、バリエーションも豊富です。
前職は建築士。まだ人が戻りきっていないこの町で、遠藤さんはなぜバウムクーヘン店を開こうと思ったのでしょう。
「何かひとつ、点を打たないと町は始まらないと思ったんだよね」
YONOMORI BAUM代表の遠藤さんは元建築士
こう語る遠藤さんはJR常磐線の「夜ノ森」駅前に自宅があり、この町で生まれ育ちました。建築士を志して大学進学を機に上京し、30歳でUターン。設計事務所を開業し、住宅設計を専門に地域に根ざした事業を展開してきました。
穏やかな生活が一変したのは、50歳を目前にしていた2011年3月のこと。遠藤さんは、建築士としてすぐに被害調査に奔走し、消防団員として避難支援にもあたりました。けれど、発災の翌日には避難指示が出され、埼玉県や福島市など、各地を転々とする日々が始まります。それでも故郷へ戻ることを誰よりも諦めませんでした。町と連携し、町内すべての住宅を外観調査するなど、遠藤さんは、たとえ住むことができなくても故郷との関わりを絶やすことなく続けてきました。
「防護服を着て、すべての住宅を調査しました。そのおかげで、放射線の状況を正確に把握できて、避難解除が出たらすぐに戻ろうと決断できたんです。でも、正直なところ、一番の原動力は『こんなことで負けてたまるか』っていう気持ちですね」
震災前、「夜ノ森」駅前周辺は和菓子店などが立ち並び、賑わっていたそうです。しかし、避難指示が解除されたあとに広がっていたのは、かつての面影がない寂しい景色でした。
「この町を知ってもらうきっかけを作れないだろうか……」遠藤さんが閃いたのは、この町のお土産品を作ることでした。
そこで相談したのが、避難中にお世話になった福島市の米粉バウムクーヘン専門店「バウムラボ樹楽里」です。「富岡産の米を使ってバウムクーヘンを作れないだろうか」と持ちかけたところ、快く応じてくれ、さまざまなアドバイスをくださったそうです。実現に向けて可能性が少しずつ見えてきました。とはいえ、遠藤さんは建築士で、菓子づくりの経験はゼロ。周辺の菓子店に、富岡での出店を打診しましたが、いずれも首を縦に振ってはもらえませんでした。
生米粉100%のバウムクーヘンはもっちり、しっとりの食感が特長
「言い出しっぺがやるしかない」
遠藤さんは腹をくくり、設計事務所を後輩に託してバウムクーヘン作りという新たな挑戦に踏み出しました。とはいえ、開業までの道のりは容易ではありません。物件探しは難航し、交渉しても断られることの繰り返し。「人のいない町で商売になるのか?」という声も多く聞かれましたが、それでも一つひとつ壁を乗り越えていきました。
「町は100年前の姿に戻っただけ。まずは、点を打たなければ何も始まらないでしょう。点が線になり、面になっていけば、もっと面白くなると思うんです」
2023年8月にオープンした店舗「BAUM HOUSE YONOMORI」
2023年8月「BAUM HOUSE YONOMORI」のオープン日には、開店前から長い行列ができたそうです。町の人たちの期待も、故郷を離れざる負えなかった人たちの思いも、このバウムクーヘンには込められているのかもしれません。
地元の素材にこだわり、丁寧に焼き上げた米粉100%のバウムクーヘン
厨房に入れてもらうと、スタッフさんが生地を一層ずつじっくり焼き上げていました。甘く広がる香りに、思わず頬がゆるみます。
「僕はお菓子を作るプロじゃないから、代わりにスタッフが全員作れる環境を作りました。でも、素材と品質管理には徹底的にこだわっていますよ。富岡の米、地元の卵、地域の恵みで作ったバウムクーヘンを『おいしい』と言って笑顔で食べてくれる人がいることが励みですね」と遠藤さん。
取材を終えてバウムクーヘンを一口頬張ると、生米粉ならではのもっちりとした食感が広がり、噛むほどに素材の確かさがじんわりと伝わってきました。今もなお更地が目立つ夜ノ森地区。それでも、甘い香りに誘われて「バウムハウスヨノモリ」を目指して足を運ぶ人たちがいます。遠藤さんが一層ずつ積み重ねてきた思いは、町の新しい景色として刻みはじめているようでした。
定番のプレーン、玄米の他、季節によってさまざまなフレーバーが登場
店舗名:BAUM HOUSE YONOMORI(バウムハウスヨノモリ)
住所:福島県双葉郡富岡町夜の森北3丁目14-2
TEL:0240-23-5220
営業時間:10:00~18:00 定休日:年中無休(年末年始はお休み)
駐車場:有
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<お知らせ>
YONOMORI BAUMさんのバウムクーヘンは、ふくしま12市町村ファンサイトオンラインショップでお取り扱いしています。ぜひ、ご覧ください。
▽ふくしま12市町村ファンサイト オンラインショップは⇒こちら
取材・執筆:奥村サヤ 協力:YONOMORI BAUM