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みなさんは「請戸(うけど)もの」をご存知でしょうか。太平洋に面した福島の海は寒流と暖流が交わる豊かな漁場で魚の身質が良く、魚種の種類も豊富なため震災以前は全国的にも高い評価を得ていました。中でも、浪江町の請戸漁港で水揚げされる魚介類は「請戸(うけど)もの」と呼ばれ、全国から一流の食材が集まる築地の魚市場でも名が通ったものでした。
請戸漁港がある福島県双葉郡浪江町請戸地区は、昭和28年(1953年)に浪江町に合併されるまでは、請戸村でした。以前から漁業が盛んであり、海で水揚げされる魚介の他にも、阿武隈高地に水源をもち太平洋に注ぐ請戸川は鮭の遡上でも有名です。
震災前、請戸港周辺では30弱の水産加工・卸業者がいましたが、震災後に再開したのは、柴栄水産たった1社のみ。その数は今も変わりません。しかし、柴栄水産の三代目の柴 強(しば・つよし)さんは、頑なに決めていました。「再開するならここ請戸しかない。漁師さんが戻って来て地元で漁をやるんだったら、私は請戸でやりたい」と。
魚の種類が多く、良質な請戸もの
福島県には10の漁港がありますが、避難区域内に位置していた請戸漁港と富岡漁港(富岡町)は立ち入りが制限されたこともあり復旧工事の着手に2年半の時間を要しました。請戸漁港が再建されたのは令和3年(2021年)の3月で、県内の漁港で一番最後でした。それほどまでに大打撃を受けた請戸でしたから、事業再開にあたっては、別の場所でもよいのではないかという声がありました。そのことで当時、社長であった父親とは真っ向から意見が対立しましたが、強さんは一歩も譲りませんでした。
R5年6月 福島県土木港湾課「福島県の漁港2023」より https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/618007.pdf
理由は明確でした。「漁師さんが戻って来ても販売する場所がなければ、よその港に魚を持って行かなければなりません。漁師さんは陸送するための十分な設備がないことが多く、陸送に時間がかかれば売る時にはその鮮度はありません。地元でセリができれば一番いい状態で、そしていい値段で売れるのです。だから地元でセリをしたい。ここで売りたい。それしか私の頭にありませんでした」と柴さんは言います。
仲買人や加工業者は別の地域に行っても商売はできます。震災前に請戸で商売をしていた同業者は、廃業したか他の漁港で再開したそうです。でも、柴さんはそうしなかった。
なぜかー。
「私は浪江、請戸の魚で育ってきました。いい魚を見てきたので、その品質を落としたくないし、地元の魚より(よその魚を)高く買いたくない。これまでも漁師さん達がいてくれたから商売ができた。辞めるのは簡単だけど・・・」と、再開できたことが何よりも嬉しそうでした。今では、お父様も「ここで再開できてよかった」と言ってくれたといいます。
請戸漁港の程近く、再開した柴栄水産
漢数字の「一」に増す「〼 枡(ます)記号」を縦に並べて「いちます」と読みます。これが、柴栄水産の屋号です。強さんは、家業を継ぐ前に築地市場で仲買人の仕事をしていた時、「いちますさんの息子さんなの?」と市場で働いている人に言われたことがあるそう。というのも、請戸のヒラメは質も鮮度もよく築地の一番前に並んでいました。ヒラメは北に行けば行くほど評価が高く、さらに当時は活きている魚が珍しい時代。生きた状態で魚を運べる北限が福島で、特に「いちます」のヒラメの質の高さは築地でも折り紙付きだったのです。これほどまでとは知りませんでした。
請戸漁港が本格的に稼働し、セリも行われるようになって数年が経ち、漁港にも徐々に活気が戻ってきつつあります。柴栄水産の店舗にも近隣の方のみならず、中通りの方や県外の方も来店していただき、「いちます」の魚を楽しみにしてくださっています。現在、活魚出荷しているのは平目、スズキ、カレイ、アイナメなどで、鮮魚出荷はホッキ貝、タコ、白魚、わかめなどです。
乾燥の具合によって商品を分けている
この他加工品として、白魚、小女子、しらす、鮭などもあります。特にしらすの加工に力を入れており、セリで落としたしらすはすぐ工場に運び、一気に茹で上げ、じっくり乾燥させ冷まし、パック詰めを行います。専用の設備で多いときには10t以上ものしらすを加工することもあります。しらすはカタクチイワシの稚魚で鰯の一種ですから、鮮度が落ちやすいのが難点。上質なちりめんを作るためにはまさに時間との闘いだそう。その日その日のシラスの状態、大きさ、気温や湿度によって日々調整しながら、繊細かつ、素早く丁寧に仕上げるのとても重要とのことです。
一度に大量のちりめんが作れる最新設備
ギフトにも最適な上乾しらす
特に、柴栄水産の上乾しらすは、最も価値があるとされている2.0cm前後(製品時)のサイズのものを水分量を約25%位になるまで乾燥をいれる保存性もあり、しっかりとした旨味と適度な歯ごたえがあります。何を隠そうこの上乾しらすが、一番人気なのだとか。お話を伺うたびに、請戸の美味しいをこれからもずっと届けたい、そんな想いがひしひしと伝わってくるのでした。
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■生産者情報
有限会社柴栄水産 公式ホームページ
本社 〒979-1522 福島県双葉郡浪江町大字請戸字古川15-7(現所在地)
南相馬事業所 〒975-0039 福島県南相馬市原町区青葉町1-206-10
TEL:0240-23-5411
直売所=営業時間10:00〜16:00 定休日=毎週日曜、祝日(祝日は定休日変更あり)
<お知らせ>
柴栄水産の上乾しらすは、ふくしま12市町村ファンサイトオンラインショップでお取り扱いしています。ぜひ、ご覧ください。
▽ふくしま12市町村ファンサイト オンラインショップは⇒こちら
取材・執筆:A.takeuchi /協力:有限会社柴栄水産