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楢葉町にある木戸川はサケが遡上する日本有数の川でしたが、震災で一変します。震災から4年後の2015年には、木戸川漁業協同組合が本格再開し、放流を復活。サケは海に出ると4~5年で故郷の川に戻るといわれていますが、あれから8年(※1)、木戸川に鮭が戻ってきているのでしょうか。以前の活気を取り戻すべく奮闘する、木戸川漁業協同組合 ふ化場長の鈴木 謙太郎さんにお話を伺いました。
※1:インタビューは2023年9月
木戸川漁業協同組合(以下、漁協) ふ化場長/鮎中間育成場長という肩書をもつ鈴木さんのお仕事は、鮭や鮎を増やす、育成すること。鮭はご存知の通り、川で生まれ、海に出て、再び川に帰って来ますがその回帰率はわずか0.5%とか。オホーツク海からベーリング海へ進み、ベーリング海やアラスカ湾でエサを食べながら回遊し、約4年間かけて約16000キロメートルを移動。やがて産卵のため再び生まれた川に戻ってきます(これを母川回帰という)。
サケはその有効性から古代から人々にとって漁獲対象であり、沖合での漁獲量は1970年台をピークに増加。しかし、沖での捕獲が進むと当然、遡上する鮭も減るため、親魚確保のために鮭を捕獲し、近年ふ化事業に取り組むようになりました。
日本でもサケの遡上で名をはせた木戸川、遡上の時期はここに簗場(やなば)を設置する
楢葉町にある木戸川は、阿武隈山地を水源として太平洋に注ぐサケが遡上する日本有数の川でした。遡上シーズンともなれば、見物客や遡上したサケを求めて買物客で大賑わい。しかし、震災後は原発などの影響もあり、ふ化事業自体を休止せざるを得ず、遡上するサケも激減。状況は一変しました。
震災直後、鈴木さんは漁協に近づくことができず悶々する日々が続きました。3月は稚魚を放流する大事な時期です。ふ化場の稚魚はどうなっているのか、鮎や他の魚たちは生きているのか、気が気でありません。ちょうど震災から3日目に、上司から「書類やパソコンなど必要なものを引き上げてきてくれ」という依頼がありました。鈴木さんを含め3名のスタッフで現場へ急行。するとそこには想像を絶する光景が広がっていました。漁協の加工場は津波で窓が崩壊、飛び出したテーブルや魚を入れる籠などが散乱していました。
当然、電気系統は完全にストップ。冷蔵庫にストックしてあったいくらも腐りかけていました。さらに、養漁場を見に行くと、鮎の池は白く濁り、たくさんの鮎が浮いていました。80万尾いた鮎の稚魚は全滅でした。
震災当時の様子やその後の歩みがつぶさに描かれている
さらに、サケの稚魚の池を見に行くと、こちらもほぼ壊滅状態。池の底が真っ白になっていました。他の池を見に行くと今度は、魚が一匹も居ません。津波が来た時の水をかぶって逃げたのでしょうか。普段なら放流口を開けて、川に通じた溝からゆっくりと下流に向かって泳いでいきます。もの凄い勢いの、しかも濁流の中で果たして稚魚は生きて海へたどり着いたのでしょうか。
数カ月が過ぎ、木戸川に再びサケの遡上シーズンがやってきました。震災後しばらくは休漁を余儀なくされましたので簗場も設置することはなく、捕獲もしません。しかしながら、木戸川には数年前に放流した稚魚たちが成長し、産卵のため戻って来ていたのです。サケたちは自らペアをつくり自然産卵していました。この姿に感動を超え、愛おしくてたまりませんでした。鈴木さんの木戸川復興への想いが強くなるばかりか、必ず再起を成し遂げると誓ったのでした。
いわき市出身の鈴木さんは海が近い環境で生まれ育ったこともあり、大の釣り好き。幼少期からとにかく釣りが大好きで、将来は魚に関わる仕事をしたいと地元の水産高校へ進学。2年生の時、漁協での実習授業があり、これがとても楽しかったという鈴木さん。翌年、参加希望者が少なかったため枠が3年生にも回って来たので、再び実習に同行。そうしたご縁もあって、卒業後は漁協の一員になりました。
貴重な木戸川のいくら(FoodCampではちょっとずつ)
実習中、漁協の人々と一緒に朝ごはんを食べる機会がありました。朝からドーンと丼いっぱいのいくらが振る舞われ「好きなだけ、(ご飯に)かけて食べろ」と。今なら贅沢極まりないですが、楢葉ではこれが日常。「楢葉のTKG(=たまごかけご飯)と言えば、いくら丼のこと」と当時を懐かしんでいました。
ジェスチャーで楢葉のTKGを再現
そんな木戸川の状況を知ってもらうべく、2023年11月には木戸川にてFoodCampを開催。サケの遡上シーズンとなると木戸川では、毎日午前11時に「合わせ網漁」が行われる習わしがあります。今回のFoodCampではこれも目玉の一つでした。しかし、近年にないほど不漁に見舞われ、前日まで魚影もほとんど見られないということでした。
お見事!鈴木さんの手にはしっかりとサケの姿が!
残念ながら当日は「合わせ網漁」は行われませんでしたが、朝、簗場(やなば)を覗くと、なんと鮭が数匹入っているではありませんか!しかも川面にも魚影が見えたというのです。そこで鈴木さんは、投網を手にして、川の中へサブサブ入って行きました。そしてほどなくして、オスのサケを捕獲。川岸で見守る参加者から拍手が沸き起こりました。
捕獲したオスのサケ、木戸川に戻ってきました!
その後、簗場に入っていたメスを1匹捕まえてふ化場へ。採卵から受精までの一連の作業を見せていただきました。メスのお腹を開くと宝石のようなイクラが飛び出し、そこにオスの精子をかけます。その後、水に浸して受精完了です。水に浸す作業はお客様全員に交代しながら体験していただきました。
採卵作業の様子、慎重に扱います
オスの精子をかけた卵は、水の中へ
貴重な体験の後は、木戸川の川べりの特設ダイニングで、コースランチをいただきます。お料理は、クロスワンダーダイニング(いわき市)の福島シェフが担当。メイン食材である木戸川のサケはフレンチスタイルで「レア・ロティ」に仕上げてくださいました。またイクラはお茶漬けで味わっていただきました。また、楢葉の特産品である柚子を使ったドリンクやその他、楢葉町のお米やお野菜などをたっぷり使い、楢葉町の豊かさを肌で感じる1日となりました。
遡上した鮭の身は白っぽいそう、フレンチスタイルいただくレア・ロティ
FoodCampオリジナル、楢葉町産柚子のスカッシュ
最後はFoodCamp恒例のお見送りです。スタッフ全員でバスが見えなくなるまで手を振ります。お客様もそれに応えて、ずっとこちらに手を振り返してくれました。今日、皆さんと一緒に受精作業をした卵たちが、無事ふ化し稚魚となり、木戸川に再び帰ってくることを祈念せずにはいられません。また、みなさんとも木戸川で再会できる日を楽しみに、木戸川でのFoodCampを閉じたのでした。
<関連情報>【木戸川漁協】ダイナミックな鮭の遡上の現場で命の循環を体感するFoodCamp!
取材・執筆:A.takeuchi /協力:木戸川漁業協同組合、magonotetravel