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南相馬市といえば相馬野馬追(そうまのまおい)。開催日程をこれまでの7月から5月に変更して初めての開催となった今年(令和6年)の相馬野馬追の様子をお届けします。
相馬野馬追は今から一千年以上もの昔、相馬氏の遠祖とされる平将門が下総国小金ヶ原(現在の千葉県北西部)に放した野馬を敵兵に見立てて軍事演習に応用したことに始まったと伝えられています。相馬藩にとっては無くてはならない神事で、福島県を代表する祭典であり、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
砂埃が舞う中、猛スピードで疾走
祭典は3日間開催されますが、ハイライトはなんといっても2日目に雲雀が原(ひばりがはら)で行われる「甲冑競馬(かっちゅうけいば)」と「神旗争奪戦(しんきそうだつせん)」でしょう。甲冑に身をかためた約400騎もの騎馬武者が腰に太刀、背に旗指物(はたさしもの)※1をつけて疾走する姿は、見る者を圧倒します。
砂埃が舞う中、甲冑競馬は何レースも行われます。走者は自身が所属する郷の旗(=旗指物)を背負って走るのですが、その旗が風にたなびき「ビュンビュン」と音がします。相当な風の抵抗を受けるため、しっかり馬にまたがっていなければ落馬してしまうことも。それでなくても、重い甲冑で身につけての乗馬はかなりの負担のはずです。それでも、もの凄いスピードで走り抜ける姿は、馬も人間もあっぱれ!
※1: 旗指物(はたさしもの)・・・鎧の背にさし、戦場で目印にした小旗。
神旗争奪戦は戦国絵巻そのもの
神旗争奪戦(しんきそうだつせん)は、天高く打ち上げられた花火の中から、各神社(※2)の名前が書かれた3つの御神旗を騎馬武者達が鞭で御神旗を奪い合います。見事、御神旗を手にした武者は「羊腸の坂(ようちょうのさか)」と呼ばれる坂道を騎馬に乗ったまま駆け上がり、総大将に報告します。その姿たるや意気揚々と勇ましく、躍動感があります。観覧席はちょうどこの羊腸の坂(ようちょうのさか)がある土手に面して誂えてあり、一連の様子を間近で観ることができます。
※2:相馬妙見三社・・・相馬中村神社(相馬市)、太田神社(南相馬市)、小高神社(南相馬市小高区)の3つの神社。
威風堂々、砂埃が舞う中一気に駆け上がる
赤い御神旗を手にし、拍手喝采を受け、駆け上がる若武者のこの誇らしげな表情!見ているだけで、なんだか胸が熱くなります。
赤い御神旗を手にして羊腸の坂を駆け上がる若武者
そして、観戦の合間にはお楽しみのランチタイム!相馬にちなんだ料理がギュッと詰まったお好み弁当をいただきました。最上段にある炊き込みご飯(卵焼きの隣)は、名物の「ほっき飯」です。
彩も豊かなお弁当
相馬市や南相馬市は古くから稲作が盛んで、今も浜通り有数の米の産地です。コシヒカリやひとめぼれといった品種が多く栽培されています。さらに、福島県唯一の潟湖(せきこ)である松川浦を中心に、明治時代からほっき貝漁が行われています。相馬・双葉沖のほっき貝は、ミネラル豊富な海水により、比較的粒が大きく、身は柔らかく、そして甘み・旨味があり、良質なほっき貝が獲れることから、長い間ほっき貝の名産地として知られてきました。
お弁当にはほっき飯にまつわる解説付き
道の駅なみえでも販売されているほっき飯のおにぎりは定番商品として人気
また、手前にはこれまた特産品の「あおさ(=青のり)」のさっと味付けした佃煮があります。松川浦のあおさは風味豊かな磯の香りと食感、旨味が特長です。松川浦産のあおさは海外での評価も高く、2023年10月にはEU加盟国として初めてオランダへ輸出されました。冬から春にかけて最盛期を迎え、松川浦では鮮やかな海苔棚の絨毯が見られます。
相馬を感じるお料理の数々、どれも美味
この他にも相馬のキュウリ付け、切りこんぶがたっぷりはいった「いか人参」など相馬を感じる品々が満載。ちなみに福島県の郷土料理として名高い「いか人参」ですが、地域によって多少アレンジが異なります。さすがは浜通り、昆布がたっぷり。海が近いからでしょう。これが内陸になるとこんなに昆布は入りません。地元民が感じるこのような微妙な地域差も本サイトではお伝えしていきたいと思っています。
2日目には、甲冑競馬や神旗争奪戦の他、騎馬武者が居並ぶ「お行列」も見どころの一つ。相馬太田神社に供奉(ぐぶ)する中ノ郷勢を先頭に、相馬小高神社(小高・標葉(しねは)郷)、相馬中村神社(北郷・宇田郷勢)の順に、総大将、軍師、郷大将、侍大将、軍者、組頭、螺役長・・・などの役付騎馬が整然と駒を進めます。
メイン会場の雲雀ヶ原祭地場
お行列は陣螺・陣太鼓の合図により時に止まり、時に前進して隊列を整えながら、約3km先の雲雀ヶ原(ひばりがはら)祭場地へ向かいます。
えられた騎馬の雄たけび
雲雀ヶ原祭場地に続く沿道には、大勢の見物客で賑わいます。時々、馬が雄たけびを上げる様に驚く観衆。それを横目に悠然と構えた騎馬武者たちが、カッポカッポと蹄の音が響かせながら行進していきます。騎馬に乗れる人は地域の方でも限られているらしく、長らく相馬野馬追に何らかの形で関わってきた相馬藩ゆかりのお家柄の人々だとか。年齢も幅広く、最年長は90歳で行列には70回目の参加とのこと。また最年少は3歳の男の子。野馬追一家で3名以上で参加しているご家族も14家族いらっしゃいました。この他、一般参加も認められており、海外の方、狂言師の和泉元彌さんもお行列に参加していました。
令和のハンサムウーマン
女性騎馬の姿もありました。昔は見られなかった光景だとは思いますが、令和のハンサムウーマンらしく、とてもカッコよかったです。キュッと結んだ口元に赤い紅が映えます。
相馬野馬追は、この他に1日目のいわば出陣式である「お繰り出し・宵乗り」2日目のお行列や甲冑競馬、神旗争奪戦がある「本祭り」、そして3日目は白鉢巻に白装束をつけた御小人たちが、荒駒を素手で捕らえ神前に奉納する「野馬懸(のまかけ)」という構成になっています。華やかな甲冑競馬、神旗争奪戦とはまた違った迫力がある「野馬懸」も興味深いです。より神聖な雰囲気が漂い、野馬追が神事であることを感じます。
野馬追の魅力は尽きないですが、今回はこの辺で。12市町村の今昔物語はまだまだ続きます。
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取材・執筆:A.takeuchi /協力:magonotetravel